私の大学生活を変えたある先生の話

2022.8

 

記憶がなくなってしまう前にこちらに記録しておこうと思います。

大学生は是非読みながら一緒に考えて欲しいです。

 

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「幸せですか。」

私が初めて受ける教職課程の講義の初めの言葉であった。

 

私は変な印象を受けた。

まるで宗教勧誘を受けたかのようだった。

周りの学生も同じような印象を受けていたようだ。

教室中がざわめいた。

それでも構わず先生は
受講するすべての学生に「幸せですか。」と問う。

私は教職課程はこんな場所なんだと、とても衝撃を受けた。

 

 

「皆さんはなぜ大学に入ったのですか。」

先生が二言目に発したこの言葉をきっかけに私の大学生活は変わった。

 

なぜ、大学に入るのか。

なぜ、大学に入ったのか。

私はこう答えた。

「専門技術を学ぶため。」

「それなら、専門学校でよいではないでしょうか。専門学校ならば、基礎科目に時間をかけることなく、専門の勉強ができる。工業高校でもよかったでしょう。それならば、君たちよりも4年も早く社会に出て実務を経験できる。」「君たちが、こうして大学に通っている間に既に社会に出ている専門卒、高卒の皆さんから後れを取っているのではないでしょうか。」

その通りだと思った。

わたしは、何も反論することができなかった。

それから何日も大学に来た意味を考えた。

そして出た答えが、【この大学4年間を視野を広げる4年間にしよう】というものであった。

元々、教職課程を受講しようと思ったのは、親との約束であった。

「大学に行くのであれば、教員免許を取りなさい。」

私はその決心をした日から

「視野を広げるために、教職課程を頑張ろう。」そう考えるようになった。

はぁだるっ 

親との約束だから仕方なく受けていた教職課程を4年間続けられたこと
教員免許を取得できたのは、この先生との衝撃的な出会いがあったからである。

 

 

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側から見たら何も特別ではないかもしれないが、わたしが行ったことも一応書いておこうと思う。

◯アルバイト(その土地ならではにこだわった)

・アンテナショップでの特産物販売
・テーマパークキャスト

◯大学生徒会(FD)への参加

アメリカ短期語学留学(初海外)

意欲的に何かになろうと何かをしてきたため、大学でも変わった依頼がそれなりにあった。

オリエンテーション旅行への引率
・卒業セレモニーでの送辞(コロナで中止になる)

就職は結果的に失敗だったかもしれないが、これらの経験があったからこその大企業への内定であったし、

何がどうとはっきりと言えるものではないが、テーマパークのキャスト、初海外は間違いなく価値観を変えられたとても貴重な体験であった。
また、教職過程では単純に教科が楽しいだけでなく、自分を見つめ直すきっかけを得られた。

 

 

教職教科の先生方はとても親身で、教育の専門家ということもあるのかポジティブな言葉をいつも与えてくれた。

メンタルが不安定な私は先生方の言葉に支えられて未だ生きている節がある。

 

「小さな頃褒められたこと」はわたしの胸にはないけれど

あの時、教職課程の先生方が褒めてくだっさった言葉は

モーニング娘。‘15のendlesssky のあの歌詞のように

「今も胸の中宝物だよ」になっているのかもしれないなあと思ったり